ひのつ倫子「自己紹介」

略歴1948(S23)   父・久士、母・智子の長女として生まれる
1961(S36) 笠岡市立金浦小学校卒業
1964(S39) 笠岡市立金浦中学校卒業
1967(S42) 私立金光学園卒業
1971(S46) ノートルダム清心女子大学卒業
1971(S46) おかやま山陽高校勤務
岡山私教連婦人部長・全国私教連女性部常任など歴任
2000(H12) おかやま山陽高校退職
2000(H12) 笠岡市議会議員当選 1期目
2004(H16) 笠岡市議会議員当選 2期目


天文台の里で生まれ、カブトガニの浜で育ちました
当時、東洋一と言われていた竹林寺天文台のある、母の故郷浅口郡鴨方町で生まれ、天然記念物カブトガニが生息する笠岡湾(今は広大な干拓地)を望む生江浜(おえはま)で育ちました。
本が大好き
伝記物、文学小説、漫画,推理小説…何でも好きでした。小学生のとき、友達と図書室の本をどちらが多く読むかと、読み比べた事もあります。
英語が大好き
中学校時代に英語に興味を持ち、大学では英文科を専攻しました。短期間でしたが、ホームステイをしながら、アメリカで英会話を勉強しました。1969年のことです。勉強のために、洋画をよく観に行きました。特に「サウンドオブミュージック」は、3日間、終日見たこともあります。
音楽・スポーツ大好き
子供時代、ピアノなど手に届かず、オルガンを買ってもらい、鍵盤をたたきました。中学校では、「チゴイネルワイゼン」の弦の奏でる、繊細にして、哀愁というより悲哀に満ちた響きに胸を震わせました。大学では、オーケストラに入部し、トランペットを担当しました。軽妙なリズムを聞くと、体が自然に動きます。
小学校では健康優良児、中学校時代は砲丸投げの選手に選ばれました。大学を卒業してテニスを始め、今でも続けています。
退職までの約10年間、ダイエットも兼ねて、マラソンを始め、ハーフマラソンを完走できるまで頑張りました。ベストタイムは1時間49分です。
共産党との出会い
山陽高校に勤務して、教育活動を進める中、世の中の矛盾を知り、組合に加入し「教え子を再び戦場に送るな」というすばらしいスローガンに出会いました。そのスローガンを日常の教育活動に具体化する中で、共産党と出会いました。
ひのつ倫子
樋之津倫子(ひのつ・みちこ)
日本共産党 笠岡市議会議員
笠岡市生江浜965 郵便番号714-0055
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