月別アーカイブ: 2011年6月

猫と少女と坂道と

 

「大人が二枚」

「え?」

ロープウェイの切符売り場の女性がガラス窓越しに、怪訝な顔でこっちを見た。

(どうして怪訝な顔なの?と思いながら読み進めると、一人なのに二枚切符をくれと言ったからだとわかった。)

わたしはあわてて言い直した。

「もとへ!一人だ!」

(実はこの主人公の妻はなくなっていて、この日もあたかもそばにいる感覚で二枚と言ってしまったのです。)

 

読み始めから私は切符売り場の女性でした。妻の亡霊と言葉を交わしながら歩くので、どうなるのかと話の行き場が見えそうにありませんでした。途中で会った読書家の少女とのやり取りの部分で山場に入ります。志賀直哉の「城の崎にて」から「風もないのに一枚だけ葉がヒラヒラと揺れ、風が吹き始めるとその葉だけがピタッと動かない」という表現が取り上げられていましたが、私自身が「本当だどうしてだろう?」といぶかるその少女でした。

そんな風に引き込まれていった本は、つい先日送られてきた尾道文化賞受賞作品です。上記の記述はその書き出し部分。( )の説明は私が書いたものです。作者は数年前に笠岡市の木山文学賞受賞者の木下訓成さん。当年七四歳。退職してから始めたにしては異例だと思うのですが、あちこちの賞をおとりになっていて、ご本人曰く「定年退職後始めた執筆活動、これで二九回目の受賞。キリ良くあと一つ頂ければ本望、、、」なんと軽く受け流すこのすごさ。いつも頭が下がる思いで、しかもあっけにとられます。

尾道の風景を舞台に現世と幻と、過去の出来事と、同じ問答を今展開していて、、、しかもはっきりとした答なく、、、彼の短編小説は不思議に、すっきりしていないのに好奇心を強く残して終わりました。

私も多くの読者のように、作者に直接問わなくては、という思いにさせられます。最後に少女は引き返して、何か問いたげに「あのー」と言って「なんでもないです。」と走り去るのですが、何を言いたかったのでしょうか?きっと私なら主人公のことを知りたいと思ったに違いないのです。

この本、尾道市文化協会発行です。(104ページ)

猫と少女と坂道と

猫と少女と坂道と

昨夜はひったか、今日は押しぐらんご

おしぐらんごおしぐらんごおしぐらんご

今日は旧暦の5月4日です。例年のように、金浦地区では昨夜はひったか、今日は押しぐらんごが行われました。特に今年は、東日本大震災の犠牲者をしのび、東北の復興を願って義援活動の一環として行いました。源平合戦絵巻としてうたわれ、夜の山に提灯で掲げられる今年のひったかの図柄は東の山には「ガンバレ東日本」の文字が西の山には「鉄人28号の絵とガンバレの文字」が浮かび上がりました。夕方7時過ぎ、点火されて揺らぐ火が生きているように感じながら、ガンバレの祈りは夜空を飛んで東北に届いたのではないかと思われるのです。ふもとの西浜(ようすな)の街には夜店が並んで、大勢の人でにぎわっていました。子供たちの楽しそうな声が響き、若者たちが日常から解放されたようにいくつもの塊になって談笑する姿は平和そのものでした。みんなで旧の節句を祝います。

今日は源氏と平家に分かれて和船を漕ぐ競争です。全部で5レース行われました。そのうち3レースは小中学生のチームです。中には3年連続出場の子もいて、ベテラン学生クルーといえます。保存会員の若者の、ほれぼれするほど贅肉のない素晴らしい漕ぎ手の体つきと比べると、なんてか細く頼りなげな筋肉なのかと思いますが、懸命にこぐ姿に私は未来を感じました。東北の子供たちが避難所で、僕たちにできることは何かと考えながら集団で暮らす体育館の壁に「がんばれ高田(陸前高田市)命あることをよろこんで」とメッセージを書いて被災者を励ましました。そのけなげさと勇気が重なるのです。この子たちの躍動を感じました。

>>2011年 ひったか おしぐらんご PDF439KB